にっ

友人とMHWをするぞーーと思ってたのがしなかったので活力が行き場を失っている。

とりあえずブログに向いてみたがおそらくほぼ効果なかろうことは明らかである。

 

何書こうかな。久しぶりに絵描いた。最近描くときは毎回久しぶりなので一週間くらいクロッキーとかして取り戻してからという感じになっててつらい。

でもまあまあ描けたしいっか。完全に比率をとるだけの苦しい模写も久しぶりにやろうかなと思た。あの感じはつらいがなんだかんだうまくなる感じはあるんだよな。

 

あとDDLシーについて考えててモニカについて最後のピアノとか聞いて思うことってやっぱり、「こうじゃない結末があったのかもな」っていうことで、それはつまり詩を書かせてヒロイン達のゲーム外の生活を想像させたり、ゲーム外での対処を求めてクリアさせるあのゲームにおいて、その流れの最後にモニカをゲーム外に連れ出すことに成功したと考えていいのではないかと思い至った。だってゲーム内に用意されてないんだからそうじゃない結末なんか絶対ないよ。それを想像するのはゲームじゃないところにいる彼女を想像してしまうからこその行為で、あの作品はキャラクターとのそういう向き合い方を提示するもの(あるいはそうじゃない消費へのアンチ、自覚の促し)だと思うし、そのテーマと通底してるしあの作品のエンドとしてふさわしかったんじゃないかな。

 

Vtuberガチャピンとか、リアルな人間とキャラの違いとかの流れから考えてたDDlシーについてのモヤモヤが一区切りついて俺の中でモニカは救われた感がでてスッキリしてよかった。

 

あと歴戦王マム調査Lv4で倒してうれC。3以上はもうめんどくさいのでやらない気がする。3でいけたら時短になるとは思うけど。3から4までがポイントたくさんいるので。でも皇金の弓は一つも出てない。ゴミ。

 

しばらく絵をやっていきをしていくかと思っているがなんかまた曲作るための勉強もしたい感じになってきてどうなる人生。後半へつづく。

 

にっっっっltjltj

ソロで歴戦王マムを倒した。苦痛だった。

弓を担いで行ったが主たる武器は爆弾といってよい。よいというかそう言わなければ間違いであるくらいに爆破した。

 

調査レベル4くらいでもう少しチャレンジさせて欲しかったがレベル上がっていってしまうのでどうしようもないね。6までいくと結構ガバでもなんとかなってしまった感じ。

 

武器は弓が欲しかったがよりにもよって爆破弓が出た。ゴミ

 

また行かなければいけないが次からは普通に誰か誘ってマルチで行こう。苦痛だったので。

 

飽きたとか言って普通にMHWやり続けてるな。

あとはソロでベヒーモス倒せれば卒業していいかな。歴戦王古龍もおるがその辺は適当にやればいけるやろ。

 

nikki

Foo.

ついったらんどマジでなんか地獄だなって感じでアツい。

TLは友人だけのやつと絵師100人くらいテキトーにフォローしたみたいなやつしか見てないからそんなにあれだけど、トレンドとかに飛ぶと地獄絵図になっとる。

ああいうの見るといいねRTとかこの数字の価値はスカスカなんだなって分かっていいですね。それでももらったらちょっとうれしいんだろうけどさ。

数千数百RTとかで上がってくるだれかわからん奴のだれかは共感しそうななんも積んでなくてもポッと出そうな感想みたいのがわんさかでてきてワイドショーと同じだこれ!って感じでげんなりしちゃうね。うまいこと言ったら勝ちみたいな感じは大喜利的とも言える。

人間みんなそれなりには考えて生きてるし、考えてる人はマジで考えているのに馬鹿にしすぎだろみたいなのが多すぎるよな。お前の周りの人間はそんなに馬鹿で狡いやつばかりなのかと聞きたい。違うならなんでネットを通しただけでそういう想像力を打ち切ってしまうんだみたいなね。お前の糾弾してるその人はネットにしかいないんじゃなくて現実に地続きで存在してるんだぞって。ほんとにそんな典型的悪党みたいなやつなのか?その可能性は何%なんだよ。俺は知らんが。

ハッシュタグで何十万件とか集まるのとかあれとかなんか意味あるのかな。なんか活動が起きた感は出てるけど数日してみんな忘れて終わりじゃないのかあれ。

みんなの目に留まって考えるきっかけになるからいいんだとか言われたら全くないとは言えないがほんとにその先に進むかそれって感じがしちゃうよ。ネット上ではみんななんにも考えてないよ。おっ早速矛盾してきたな。

しょうもなすぎて関わりたくね~って思うし俺程度が思ってるってことはもうマトモなこと言える人はたぶん大体あそこから撤退してる。2chと同等かそれ以下の掃き溜めな感じがある。まあ2chはまとめサイトとかでしか見てこなかったから知らんけど。匿名でなくて注目されるインセンティブがある分別種の醜さがあってキツイ。

実際noteとかで有料コンテンツにして発言して引きこもってる知識人は多いし、逆に言えば金払ってでもまともな人の独り言聞きたいくらいにはtwitterのしょうもない大喜利に辟易してる人は多いってことね。

こういうのとかも昔なら短くテキトーにしてtwitterに投げてたんだろうけど。もうあそこに意味の通る文章を投稿してるだけで、おっ馬鹿かな?みたいな雰囲気すら出る、そんなアツい場所と化している。さすがにメチャクチャだぁ。

 

書いててあれだがなにを今更という感じである。

 

ブツブツブツブツ何が言いたいかって愚痴とあとtwitterに上がってる絵ってtwitterにあげる人って時点でスクリーニングされてるからなんか別の絵も見たいなって思った。fanboxとかは何人かお金払ってみてるけど他にどういうとこにあげてるんだろな。

pixivとか昔は見てたけど一回ここの絵飽きたなって思ってから見なくなっちゃったね。

割とすぐ見なくなった気がするがなんか馴染まなかったんだろうな。その点ではtwitterの絵はまだ結構楽しんでる。でもやっぱちょっと飽きてきてると思う。

 

おわる

ニキー

GWも終わりましたが去年も思ったが一瞬で過ぎるなGW。

やったことといえばMHWと一枚絵を描いたのと線画を描いたのとくらい。

曲を作りたいよーーーーと思ってまたトライしたけど本当になにも作れん。こういうのって思って調べると毎回知らん知識出るしマジで辛い。というか考えれば考えるほど楽器を弾けるようになるのが一番近い道だと思わされる。

 

どうでもいいけど寝る前ってなんかいい感じに創作向きの頭になってる気がするんだけどその状態のまま起きれないので活かせなくてもどかしい。もどかしいことばっかだよ

 

オワオワリ

にっっっっっき

今友人がFF7Rを配信してるのをぼーっと見てるような見てないようなしてる。

そのうちやりたい気もするので内容を追いたくないからあんまりしっかり見ないようにしてる。

 

同人のRPGゲーってだいたいツクール的なもので作られてるから、ファミコン的なドット絵で声もなくて文章で話が展開するんだけど、どうも昔からこっちの方がゲームとして味わいがあるなと思ってしまうときがある。これは俺だけじゃないと思うが。懐古主義的といわないで。

 

端的にいうとFF7Rというかあの手の最近のグラフィックよくなった後のゲームって映像的すぎると思う。ムービーシーンとか名前の通りですけど映画志向。

CG技術が進んでバーチャルに空間を作れてキャラを配置できるようになった時点で映画を撮ることが可能になってしまったんだろうな。

しかしゲームは自分でプレイできることが重要なもので、そこにくると映像はやはり基本的に他人を見て感情移入するための表現媒体なのでそのへんが矛盾してしまってゲームとしての没入感が薄いんだと感じた。

状況説明にしかならない動かないアイコンとしてのドット達とかそれこそ記号でしかない言語でできた文章とか、その程度にとどまってあとは自分の内面でなにか広がるものを感じるほうがプレイヤーとしての没入感を阻害しないなと思った。外から感情的なものを流し込んで感化させるようなものはゲーム的でないのかもしれない。

映像としてよくしようとする方向ってあんまりゲームとしての価値はなさそうだなと思った。物語はあっていいが、ゲームなんだから映像として語っちゃ意味がないって感じ。ゲーム的体験を作るツールにはなっていいけどその辺ちょっと難しいかもね。

 

最近メモ的に書いてるからメモ的にっていう目的が発生したせいでなんかブログの書き味がかわってきてしまった気がするな。もっと排泄的にいきたいな。ブリブリブリ

につき

今日めちゃ腹いたかった。肉をだいぶ生で食ったのがよくなかったかもしれん。

なんか書こうと思っててなんだっけと思ってたんだけどさっき思い出して、ヨノレシカの夜行を聴いてよかった~ってなった話。

 

日本の歌詞のある音楽聞くときって自分の中では歌詞は邪魔になってるかなってないかくらいの認識で聞いててあんまりそれ自体を重視しないことが多い。

歌詞の邪魔度は大体3段階くらいあって

 

1.歌詞が音として曲を邪魔してる。

2.歌詞がウザイ。

音としては邪魔してないが言葉選びとかの問題で曲の深みに対して歌詞が広がりを持ってなくて無粋な解説されたみたいになるやつ。

3.どちらでもなく邪魔してない。

 

ヨルシカはどれかというとなんと新しく4が開設されまして、歌詞が曲に貢献しているです。

NHKの俳句を添削する番組とかみると、洗練された言葉の組みが作る削ぎ落された美しさみたいなものが、出来上がる過程を見れることでよくわかるのだけど、ああいうのが歌詞に入ってるのを感じてとてもいい。

文字で語られたものが作る透明感とかエッセンシャルさみたいなものはヨルシカの描く世界観とすごいマッチしてると思う。なんか前後関係めちゃくちゃじゃないこれ?

 

あと俳句は5・7・5に代表されるようにリズムの気持ちよさみたいのも重視されててそういうとこも歌詞から曲に入ってきてすごいきもちい。nブナ氏が好きな山頭火とか放哉とかの自由律俳句と同種の気持ちよさがあると思える。

 

自分は八月某の「東伏見の高架橋、小平、富士見通りと商店街」のとこと2番の同じとこの「ストックホルムの露天商、キルナ、ガムラスタンは石畳」が超好き。口に出して読みたい日本語大賞あげます。

 

八月某みたいな気持ちよさをサビに思い切り入った曲作ってくれないかな~て思ってたら夜行はまさにそうだったのでうれしかったって話よ。はらはらはらはらはらり晴るる原君が読む詩や一輪草~

!? 最高……。

波立つ夏原、涙尽きぬまま泣くや日暮は夕、夕、夕

!!?? なななな夕夕夕!!???GOD……

マジ気持ちいなこの歌詞。

まあでもなんかそんなにリピートして聞いたりはしてないんだよね。ふり幅ある曲だから聞くの疲れるしね。

 

あと五月は~の「例う涙は花緑青だ」もすきですね。花緑青ってもはや単語がきれいすぎてズルいよな。涙はきれいだけど毒があるみたいのどっかで聞いたフレーズな気がするけど思い出せないんだよな。知ってたら誰か教えてくれ。

 

おわりかな。

 

にっきーー

睡眠時間がメチャクチャ。

テレワークで仕事も生活も曖昧になってるし地下に住んでるからいつ日照してるのかよくわからんし。今は18時ちょうどくらいだけど感覚的に深夜3時といったところ。

 

今日は美少女きぐるみとかいう界隈があるということを知った。ぱっと見イカれてるんだけどぶっちゃけ普通にかわいいと思っちゃった。出来のいいものはだけど。

倒錯してるものを見てるなという高揚とかわいいーっていうのが混ざってすげえ楽しくなってしまった。いい時間だった。

あれ見てるとやっぱり二次元は顔だな。体は三次元でも全然受け付ける。顔よ顔。

 

今回これに出会えたのはピダハン族という部族について調べていたら見つけたという経緯があるのですが、みなさんピダハン族は面白いのでちょっと調べるといいですよ。

なんと神の概念がないらしい。しかもピダハン語とかいう言語つかっててこれまた特殊で過去、未来を表す言葉がないし数を数える言葉もないし、明暗以上に色を分ける言葉もないらしいっすよ。あと文章の再帰構造がないらしい。ほんとかよ。

これ聞くと全然違う生き物に感じるんだけど話してみたらどのくらい人間感あるのか気になる。

調べてちょっと疑問だったことがピダハン語しゃべってみたみたいな動画(この動画のアップロード者が美少女きぐるみ界隈の方だった)には悪霊って単語が出てたんだよね。神はいないのに悪霊はあるのかって思ったんだけど実際この言語の悪霊が指してるのってなんなんすかね。悪霊があるなら霊的な概念がまるごとないわけじゃないっぽいよね。

あと未来や過去について対応する言葉も時制もなく現在の満足しか考えないって記述されてたんだけど、親という単語はあっても父、母という単語はないが息子、娘という単語はあるらしくて、それって未来を想定しないと生じない差異じゃないか?とか思うのだがどうだろうか。

とか言いつつ本当に厳密に過去・未来の概念が全くないわけないと思ってるしそのくらいは普通かもだけど。

 

この辺は副産物的な収穫でピダハン族についてはやっぱり神の概念がないっていうのが興味あったし、調べたらやっぱ人数は少なくて狩猟採集民族だったし神が社会維持のための上位概念ってぽいよに。

 

 

最近はゲームつくりたいなとか思ってるよ。でもゲームがなんなのかってなんかいまいち自分の中で確立されていない感じがあるのでふわふわしちゃいそうなんだよな。それなんか問題なの?いや別に……。

 

音楽も絵も使えるというのもいいし物語もあるし、繰り返しインタラクトして正体を明らかにしていくプロセスを持っているという点で世界を描くという目的の下では映像より優位にあると思う。なんかいろいろ考えてたんだけど眠いし寝るか。おやすみ~。